となりのトト□2
そして今に至ります。
運転席からは相変わらずイタイ音楽が流れています。途中郵便屋さんがイタイ人を見る目で私達のトラックをみていました。
自分の思っていることを素直に言わないことを、大人は人付き合いといいますが、結局は厄介ごとから逃げようとしているにすぎないのです。私はつくづくそう思います。
腕は相変わらずツルペタな腕に拘束されています。メイは一向に離す気配を見せません。
机とトラックの兵の間にわずかに切り抜かれた一部分からは田んぼが見えます。田植え前の泥水だまりです。
それでも風は心地よく、この閉塞的な空間に涼やかな瞬間を感じさせてくれます。
突然車が止まりました。私はあえなく机もろとも泥水の中に放り出されるのではないかと思いました。
「日下部です。引っ越してきました。よろしくお願いします。」
父が田んぼに向かって叫んでいます。大声なのになんの感情もこめられていない形式的な挨拶です。
ご近所の方に挨拶するなら素麺でも持って後日、家の片づけが済んでから行くべきだと思います。田んぼに向かって叫ぶだけとは、倹約もいいところです。
でもこれで確信が持てました。私が荷台とメイから開放されるのはもう間もなくだということが。
車が再び発進するとものの5分もかからずに私たちの家の前につきました。
家の前には小川が流れていました。私はメイの腕を振りほどき荷台を飛び出しました。鳥になったような気分とはまさにこの事を言うのでしょう。全身をさわやかな風が吹きぬけ、思い切り息を吸い込めば木の、川の、森の、自然の香りが全身に広がっていくようです。
メイも父の助けを借りて荷台から降り私の元へ走ってきました。
「家まで競争。」
自然の力は素晴らしいです。こんな一瞬にして私の小さかった頃の事を思い出させてくれます。
まだ私がメイ位のとき。
この世界の醜さと、人間の愚かさを、身をもって体験する前のこと。
私にも純粋な子供時代があったのです。
でも大きくなるにつれ、私は家の家事を任されるようになりました。元々父に家事など出来る筈もなかったのです。
毎日シリアルか、スクランブルエッグだけの朝食。母と結婚した当時は炊飯器すらまともに使えなかったそうです。それが、私が6歳になるまで母の留守を守っていたかというとそうではありません。その間は毎日母方の祖母が家事の手伝いに来てくれていたのです。
私は父以上に母が好きで、それ以上に祖母が好きでした。でもその祖母はもういません。祖父と一緒にカナダへ移住してしまったのです。
しかし、6歳になるまで私は家事についてあらゆることを教え込まれた私は、お手伝いさんができる程とは言いませんが、自堕落な父と幼いメイ、そして私の3人分くらいなら十分にこなすことができました。
私は家まで走りました。あの頃を思い出すように、一歩一歩地面を踏みしめて。今思うと、土を踏みしめるのもどれくらいぶりだったでしょうか。コンクリートで舗装された道を歩き、人工的に埋め立てられた校庭でっ走り回っていたのです。
自然の土は、踏みしめるたびに石がゴツゴツとして足をとられそうになりますが、それでも私の足をそっと包み込むように優しく受け入れてくれます。
運転席からは相変わらずイタイ音楽が流れています。途中郵便屋さんがイタイ人を見る目で私達のトラックをみていました。
自分の思っていることを素直に言わないことを、大人は人付き合いといいますが、結局は厄介ごとから逃げようとしているにすぎないのです。私はつくづくそう思います。
腕は相変わらずツルペタな腕に拘束されています。メイは一向に離す気配を見せません。
机とトラックの兵の間にわずかに切り抜かれた一部分からは田んぼが見えます。田植え前の泥水だまりです。
それでも風は心地よく、この閉塞的な空間に涼やかな瞬間を感じさせてくれます。
突然車が止まりました。私はあえなく机もろとも泥水の中に放り出されるのではないかと思いました。
「日下部です。引っ越してきました。よろしくお願いします。」
父が田んぼに向かって叫んでいます。大声なのになんの感情もこめられていない形式的な挨拶です。
ご近所の方に挨拶するなら素麺でも持って後日、家の片づけが済んでから行くべきだと思います。田んぼに向かって叫ぶだけとは、倹約もいいところです。
でもこれで確信が持てました。私が荷台とメイから開放されるのはもう間もなくだということが。
車が再び発進するとものの5分もかからずに私たちの家の前につきました。
家の前には小川が流れていました。私はメイの腕を振りほどき荷台を飛び出しました。鳥になったような気分とはまさにこの事を言うのでしょう。全身をさわやかな風が吹きぬけ、思い切り息を吸い込めば木の、川の、森の、自然の香りが全身に広がっていくようです。
メイも父の助けを借りて荷台から降り私の元へ走ってきました。
「家まで競争。」
自然の力は素晴らしいです。こんな一瞬にして私の小さかった頃の事を思い出させてくれます。
まだ私がメイ位のとき。
この世界の醜さと、人間の愚かさを、身をもって体験する前のこと。
私にも純粋な子供時代があったのです。
でも大きくなるにつれ、私は家の家事を任されるようになりました。元々父に家事など出来る筈もなかったのです。
毎日シリアルか、スクランブルエッグだけの朝食。母と結婚した当時は炊飯器すらまともに使えなかったそうです。それが、私が6歳になるまで母の留守を守っていたかというとそうではありません。その間は毎日母方の祖母が家事の手伝いに来てくれていたのです。
私は父以上に母が好きで、それ以上に祖母が好きでした。でもその祖母はもういません。祖父と一緒にカナダへ移住してしまったのです。
しかし、6歳になるまで私は家事についてあらゆることを教え込まれた私は、お手伝いさんができる程とは言いませんが、自堕落な父と幼いメイ、そして私の3人分くらいなら十分にこなすことができました。
私は家まで走りました。あの頃を思い出すように、一歩一歩地面を踏みしめて。今思うと、土を踏みしめるのもどれくらいぶりだったでしょうか。コンクリートで舗装された道を歩き、人工的に埋め立てられた校庭でっ走り回っていたのです。
自然の土は、踏みしめるたびに石がゴツゴツとして足をとられそうになりますが、それでも私の足をそっと包み込むように優しく受け入れてくれます。
# by negigam | 2007-09-12 01:36 | 駄文










